『秋の土用の丑の日』が近づいて来た。
「土用の丑の日」と聞けば、夏の暑い時期に、香ばしく焼けた鰻の蒲焼きを食べることを思い浮かべる人も多いだろう。しかし、実は年に数回(春夏秋冬)「土用の丑の日」が存在することをご存知だろうか。本来、季節の変わり目(土用)にあたる時期の、12日周期で『丑の日』は巡ってくる。
※2026年『秋の土用の丑の日』は、10月30日(金)
▶️ 【キンテツファン】 記事参照(リンク)
▶️ 【ハンコヤドットコム】 記事参照(リンク)
では、なぜ丑の日に鰻を食べるようになったのか。その由来には諸説あるが、よく知られているのが江戸時代の平賀源内にまつわる話である。
夏場に鰻が売れず困っていた鰻屋から相談を受けた源内が、店先に「本日、丑の日」と書いた貼り紙を出すことを勧めたところ、店が繁盛した――という説だ。
たった一行の言葉が人の心を動かし、やがてひとつの文化になった。もしこの説が本当なら、「土用の丑の日」は日本における広告の面白さを象徴するエピソードのひとつなのかもしれない。
そして現代の東京にも、多くを語らず、人の心と胃袋を動かす看板がある。目黒不動尊の門前に店を構える、老舗うなぎ店「八ツ目や にしむら」の看板である。
目黒不動尊の門前で百有余年。「八ツ目や にしむら」と広告
目黒不動尊の門前に店を構えて百有余年。
「八ツ目や にしむら」は、長く地域の人々に親しまれてきた老舗である。
店の前を通れば、鰻を焼く香ばしい煙とタレの匂いが漂ってくる。そんな「にしむら」と博広社との付き合いも、とても長い。今回この記事を書くにあたり、社内で昔の記録や記憶を辿ってみた。
ところが、正確に「いつから」と言える者がいない。
おそらくは創業当初から会社を知る前々任者の時代には、すでに広告のお手伝いをしていたであろう、ということのみだ。社内に残る『話(記憶)』を辿ると、にしむらが以前利用していた広告のひとつが、不動前駅にあった「乗車位置目標」の下に掲出する広告だったそうだ。
これは、現在では見ることのできない広告媒体である。
正確な取引の始まりは、もう分からない。それほど長く、にしむらの広告に携わってきたという歴史はあったのだ。
駅が変わり、広告の場所も変わった
その長い広告の歴史の中で、大きな転換点となったのが、不動前駅の変化だった。
1999年、不動前駅は高架化され、それまで地上にあったホームが高架へ。そして翌2000年には、目蒲線の運転系統が変更され、不動前駅は目黒線の駅となった。
駅が新しくなり、やがてホームドアが設置されたことで、それまでホーム上にあった「乗車位置目標」は役目を終え、その下に掲出されていた広告も姿を消すことになる。
そこで、にしむらの広告は「ホーム看板広告(リンク)」へと形を変えた。
社内に残る記憶によれば、これが、にしむらが不動前駅で駅看板を掲出するようになった始まりだという。
目黒不動尊の門前に店を構えるにしむらにとって、不動前駅はまさに地元の駅。駅の設備が変われば、そこにある広告媒体も変わる。
「乗車位置目標」の下にあった広告から、ホーム看板広告へ。
その後も、電車内の窓上広告や鰻をあしらったラッピングバスなど、時代に応じてさまざまな交通広告を展開してきた。
街が変わり、駅が変わり、広告の形も変わっていく。
振り返ってみると、にしむらの広告の歴史は、この街の交通の変化とともに歩んできた歴史でもある。しかし、広告の形が変わっても、変わらないものがあった。
それが、大将の「遊び心」と、その時々の世相への想いである。
コロナ禍だからこそ、広告で街を元気に
記憶に新しいのが、2020年春から続いた新型コロナウイルス感染症の流行である。外出を控える生活が続き、飲食業界、とりわけ外食産業にとって非常に厳しい時期となった。
しかし、そんな時だからこそ、にしむらは広告を止めなかった。
「鰻を食べて元気になってほしい」
「街の人たちを少しでも元気づけたい」
そんな想いを込めた広告を掲出したのである。
広告というと、とかく「売るためのもの」と考えられがちだ。しかし、街の中に掲げられる交通広告には、それだけではない役割もある。
毎日利用する駅や、いつもの街角で目にする広告が、少し気持ちを明るくしてくれる。
広告主の想いや人柄まで伝わってくる。そんな広告もあっていい。
広告が店まで人を動かす
駅を降り、目黒不動尊の門前へ向かえば、やがて鰻を焼く香ばしい煙とタレの匂いが漂ってくる。実際にしむらには、「駅の看板を見たら食べたくなっちゃった」と来店するお客様もいるという。
看板を見て、店を訪れ、食べて、美味しいと思った。
――そして今度は、家族や友人、大切な誰かに話したくなる。広告の価値は、その連鎖の最初の小さなきっかけをつくることなのかもしれない。そんな話をしていたとき、大将が口にした言葉が印象に残っている。
「能書きはいらないんだ。一口で納得させる仕事をしているから」
そう言って笑うと、大将はまた鰻を焼く煙の向こうへ戻っていった。多くを語らなくても、食べれば分かる。百有余年、伝統の味を守ってきた老舗の大将だからこその言葉なのだろう。
広告は、街と店の間にある
目黒不動尊の門前で、今日も鰻を焼く「八ツ目や にしむら」。
そして少し離れた駅では、その味を想像させる看板が人々を迎えている。
振り返れば、不動前駅の「乗車位置目標」の下にあった広告から、ホーム看板広告、電車内広告、ラッピングバス、そして現在の駅看板へ。媒体は変わった。街も、駅も変わった。それでも広告は、いつの時代も店と街の人との間にあった。広告は、必ずしも大声で呼びかける必要はない。
たった一行の言葉が人を動かすこともあれば、一枚の美味しそうな写真が「行ってみよう」という気持ちを生むこともある。
店には店の仕事があり、広告には広告の仕事がある。
「能書きはいらない。」
老舗の大将のひと言から、広告の原点を改めて教えてもらった気がする。
交通広告に携わって60余年(株)博広社:コラム編集部(M)
「うちのお店なら、どんな広告が合うだろう?」
駅看板がいいのか、バス広告がいいのか。大きく目立たせた方がいいのか。
交通広告に、すべての店舗・企業に共通する正解はありません。立地、商圏、ターゲット、予算。そして何より、「広告を見た人に、何を感じてほしいのか」によって、選ぶべき媒体も表現も変わります。
<広告媒体+価格帯サンプル>
🔹不動前駅看板 ¥150,000〜(6ヶ月) ※掲出箇所により異なります
🔹ラッピングバス ¥1,000,000〜(6ヶ月) ※制作費別途
🔹ハーフ車額 ¥90,000〜(1ヶ月) ※路線により異なります
「この店なら、どんな広告が面白い?」そんな相談から、お聞かせください。
🔹関連リンク ※参考サイト
▶️【八ツ目や にしむら駅看板広告】の実例を見る(リンク)
🔸東急電鉄『目黒線の歴史』/東急100年史」
https://www.tokyu.co.jp/history/chapter07_2_1/
https://www.tokyu.co.jp/history/chapter08_2_1/
🔸東急電鉄『東急ヒストリー』
https://www.tokyu.co.jp/railway/train-history/mg/
