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“費用対効果”の落とし穴 ——「数字」による交通広告のミスリードとは?

マーケティング担当者や広告主にとって、切っても切れない概念は「費用対効果」ではないでしょうか?

・    1万円の広告投資がどれだけの利益を生んだのか。

・    広告の反響がどれほどの売上げつながったのか。

・    100件のアクセスの何%が問い合わせになったのか。

数字で証明できなければ広告施策として評価が難しいと考えることは、担当者の皆さんにとってはごく自然なことです。

広告という費用対効果を無視することのできない分野において、交通広告ではしばしば費用対効果が見えにくいメディアとして議論の的になることがあります。

“目的”の取り違えによる交通広告のデメリット

たしかに、交通広告には一般的にデメリットとされるポイントがいくつか存在します。

  • アクセスの追跡ができない:QRコードや特設URLを使っても、Web広告のように詳細なトラッキングは困難。

  • 反響が測定しづらい:来店や問い合わせが交通広告によるものかを明確に特定できない。

  • 成果との結びつきが見えない:広告を見た後の行動に“タイムラグ”があり、効果がすぐに現れない。

  • 直接的な反応がない:電話やWebフォームからの「広告見ました」という問い合わせは少ない傾向。

このような点から、「コスパが悪い」とみなされるケースも少なくありません。ですが、それはあくまでも「即効性」と「レスポンス重視」の視点から見た場合の一面的なデメリットであるということを忘れてはなりません。

このような“目的”のミスリードによる交通広告の一面的な評価には疑問の余地が残ります。
前提となるのが、交通広告は「反響を数値化する」ことを目的とした媒体ではないということに他なりません。Web広告と同じ基準で評価しようとすることは、本質的な立場における適切な見方と言えるのでしょうか?

広告には、短期的な成果を狙う「刈り取り型」と、長期的な信頼・認知を育てる「種まき型」があります。交通広告は明らかに後者の「種まき型」あるにもかかわらず、前者の基準で採点されてしまっているようなケースが散見されます。
このような「目的のすり替え」こそが、交通広告が過少に評価されることになる一因ではなかろうかと考えられます。

交通広告の特性 ——“無意識の中の選択肢”

交通広告が交通広告であるための本来の姿は、「生活導線に入り込み、繰り返しその姿を見せ続けることで、人々の記憶に自身の存在を刷り込む」ことです。

通勤中の電車内で毎日同じ中吊り広告を見ませんか?

いつも乗る5号車のホーム反対側には見慣れたクリニックの看板がありませんか?

毎日決まった時間に乗っているバスの車内で繰り返し同じ放送が流れていませんか?

日常のルーティンの中に広告が溶け込むことで、自然と商品名や企業名が記憶に残っていく。すぐに買われるわけではなくとも、ある日どこかで何かのきっかけで「そういえば、最近よく見かける“あれ”」と思い出してもらえる。この思い出される「可能性」こそが、交通広告の最大の価値なのです。

たとえば、大手の人材企業が駅構内のサイネージへ自社のサービスを掲出する場合、ターゲットは「今すぐ転職したい人」だけではありません。このようなマーケティング戦略において重要になるのは、半年後や1年後に転職を考える“かもしれない”人の記憶の中に、「選択肢」としてサービス名や会社名を残しておくことなのです。

また、路線バスの側面へ広告をしている地元企業にとっては、「地域の中で信頼されている企業」という印象を築き、地元企業ブランドを確立することが主たる目的となります。これは決して短期的なスパンで数値化し、測定が可能となるような領域ではありませんが、印象が記憶という資産として蓄積されていくことに価値があるのです。

このように、交通広告は“選ばれる準備”をするための広告であり、それこそが交通広告の醍醐味と言えるでしょう。

“見えない価値”を育てるために・・・

交通広告は明らかに目に見えるような効果が得られないから、費用をかけて取り組むことに対して気が引けてしまう。というのは、大多数が納得できるような、もっともらしいく合理的に聞こえるでしょう。

それは前述の通りではありますが、そもそも見るべき視点が違うように思われます。

  • すぐに数字が出ない

  • 反響が見えにくい

  • 費用対効果が不明瞭

これらはすべて交通広告をWeb広告と同じ立場から見てしまったことによる認識のズレに他なりません。

本質的な交通広告の作用は、短期的な売上げを目的とするものではなく、長期的なブランドの“印象”を記憶に定着させるためのメディアというところにあります。それは、無意識の領域に対してごく自然な形で働きかけることで、“今だ!”という人十色のベストタイミングで訴求を創出するという「見えない効果」を生み出すことになるのです。

そうだからこそ、私たちは今、問い直すべき必要があるのではないでしょうか?

交通広告に「費用対効果」を求めるということが、その本質に対して適切な評価になり得るのか否か。

実態という目に見える数字のみを追いかけ、そこに隠れる本質という見えない価値を切り捨てる思考から一歩遠ざかることで、広告評価の原点を見直してみてはいかがでしょうか?

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